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学生のみなさまが、いまよりちょっと楽しく賢くすごせるように

こんなときですが・・・

少し前になりますが、googleの上級副社長が、採用基準について話していました。まずは、そのニュースを引用。

 

昨年6月、グーグルのラズロ・ボック人事部門担当上級副社長、つまり世界的優良企業の採用責任者が、本紙アダム・ブライアントとのインタビューで次のように語っていた。

「採用基準として大学の成績評価GPAは価値がない。試験結果もそうだ。なんの予測にも役立たない」。それが社内の結論だということだった。

ボックはこうも言った。「わが社では大卒でない社員の比率がしだいに高くなってきた」。部門によっては14%に達しているという。

(中略)

まずは誤解を解こう。ボックはこう切り出した。「もちろん成績はいいほうがいい」。 多くの職務に数学、コンピューティング、コーディングの技能が必要とされる。これらの分野に応用できるような能力が、学業の成績に本当に反映されているなら有利になるというわけだ。

しかしグーグルは、もっとほかのことにも注目する。「全社的に5つの採用基準がある」とボックは言う。「技術職ならコーディング能力を判定する。社内の職務の半数は技術職だ」。

「ただし、すべての職務について第一に重視するのは、一般的な認識能力。それは知能指数とは違う。学ぶ力だ。臨機応変に処理する能力。バラバラの異質な情報をひとまとめにする能力。その判定には行動面接手法を用いる。本人の行動を予測できるように構築した手法だ」

第2の採用基準はというと、「リーダーシップ。特に創発的な統率力だ。それは昔から言う種類のリーダーシップとは違う」。 「従来は、たとえばチェスクラブの部長だったか、営業本部長だったか、早々と昇進したのか、といったことが問われたもの。だがそういう要素ではなく、何らかの問題に遭遇したとき、チームの一員としてどのように行動するか、という点を重視する。リードするために適切なタイミングで立ち上がるか否かということだ」 「それと同じく重要な点として、リーダーとしての立場から退いて、ほかの人にリードさせるということもある。なぜならこの環境内でリーダーとして効果的であるためには、自ら権限を手放す意思を持つことが必要だ」 次には、謙虚さと主体性。問題解決に向けて努力するためには、「責任感と主体性を持つリーダーになること」が必要だ。そして謙虚さは、他者のよりよい発想を取り入れるために身を引くことに。 「最終目標は、みんなで一緒に問題を解決するために何ができるかということ。自分のできる範囲内で貢献した後は、自ら1歩退くものだ」とボックは説明した。

彼の言う謙虚さは、ほかの人も貢献できるようにと譲ることだけに限らない。「謙虚な知性の持ち主でもあること。謙虚でない人は学ぶことができない」。

一流のビジネススクールを卒業しながら、途中で行き詰まる人が多いという調査結果の原因はそこにある。「順調にやってきた秀才たちは、滅多に失敗を経験しない。だから失敗から学ぶすべを身に付けていない」。

「しかも根本的な勘違いをする。彼らは何かいいことが起こると、自分が天才だからだと考える。何か悪いことが起こると、誰かバカがいたとか、リソースのためとか、市場のせいでとか……」

「この会社で突出してきた人たちを見ていると、つまり私たちが採用したいと思う人材は、それぞれが強烈な主張を持っている。とことん議論をする。自説を曲げない熱血漢だ。その一方で、彼らは『ほら、新事実がある』と指摘された途端、『へえ、それなら話が違う。あなたのほうが正しい』と答えたりする」

このように、大きなエゴと小さなエゴを、同一人物が同時に持っていなければならない。

(中略)

ボックの採用姿勢を簡潔にまとめるとこうなる。今日、人の才能には実にさまざまな形態があり、従来とは異なったかたちで育まれている。企業の採用担当者は、名門大学だけでなく、あらゆる人に向かってアンテナを張らなければならない。 なぜなら、「学校に行かないでも世の中で成功する人たちがいる。非凡な人材だ。彼らを見つけるために、私たちは全力を尽くすべきなのだ」とボックは語った。あまりにも多くの大学生が「約束を守らない。彼らは山のような借金を作りながら、人生のために最も大切なことを学んでいない。思春期の延長でしかない」。

グーグルには優れた志望者が殺到するから、GPAのような従来の採用基準以外にも着目するゆとりがある。しかし今でも多くの若者にとって、種々のキャリアに必要な手段を身に付けるためには、大学でいい成績を収めることが最善の方法だろう。

ボックはそんな彼らのためにも警鐘を鳴らしたと言える。たとえ学位を取得しても、何か仕事ができるという能力のしるしにはならないのだ。

世の中が重視するのは、そしておカネを払う対象は、自身の知識を使って何ができるかということ(知識をどのように身に付けたかということは関知されない)。

さらに、今どきのイノベーションは集団活動によるところが増している。だから世の中ではソフトスキルも重視される。指導力、謙虚さ、協調性、適応能力、勉強好き(学ぶことも学び直すことも)。どんな会社で働こうとこれは真実だろう。

これは、New York Timesの記事を翻訳したものですが、やっぱ、太字の部分が大切だと思います。

彼らは山のような借金を作りながら、人生のために最も大切なことを学んでいない。思春期の延長でしかない

アメリカでさえ、こうなんでしょう。じゃあ、まして、日本の大学はどうなんでしょうか。アメリカ人に言わせてみれば、日本人は、中学高校で勉強してるから、大学で遊んでも仕方がない・・・そうですが、人生のために最も大切なことなんて、中学高校で見つかるんでしょうか。

僕はこのことに関しては、楽観的です。

日本の、中学高校(もちろん大学もだが)文化祭・体育祭というものがある。僕は(運良く)、生徒にある程度権限を与えてくれている学校にいたため、そういったものに主体的に係ることが多かった(特に中学)。高校では、逆に、一生徒(いちせいと)として係るようにした。上と下という2つのポジションを経験することで、人生で大切なモノをある程度は学べた気がする。私が考えるリーダー像であったり、理想の人物像というのは、一般的なものとは異なっているような気もするが、そのことについては、またの機会で述べようと思う。

 

僕は、今回、学校祭に久々に関わったが、中学時代の感覚が戻ってきたとは思いませんが、また、多くのことを学べたと思います。何事にも否定的な僕が、今回は、日本の学校祭を肯定しています。昔っから、僕は、1年前と同じことが嫌いな人でした。古いもののすべてを否定するわけではありませんが、存在意義が不明確のものとか、改善の余地があるものは徹底的に改良していくことが、僕の仕事だと思ってるんで。

中学では、わけわかんない会長の話があったり、みんなで「上を向いて歩こう」を歌ったり・・・。ときには、教師にはむかい、卒業式の答辞を拒絶したり・・・。

(卒業式の答辞拒絶事件は、僕の中でも結構誇らしい物。慣例で生徒会長だった人がやることになっていたが、まあ、諸事情あり、僕が怒り、家まで教師が説得に来るものの拒絶。一言「その代わりに、高校で生徒宣誓をするんで」と言い放つ。まさかそうなるとは誰も思ってなかったってこと。すいません、自慢話でした。)

 

最初の話に戻り、Googleが必要とするのは、優先順に、

1. 学ぶ力/2.リーダーシップ/3.謙虚さ/4.自発性/5.専門知識

です。

2〜4が学校祭で学べるのでは。

5は大学です。

1は・・・。わたしたちは今、学ばされてますからね。「学ぶ」です。認識能力って言ってますけど、僕は、常に冷静に、未来を予測できることだと思います。

 

わたしたちには、未来を予測する力が欠如しています。でも、これって鍛えられるんですか?ぼくはyesだと思いますよ。いま、「第5の権力」って本読んでますけど、SFでもいいんで、なんか想像力を掻き立てることをしましょう。それに尽きると思います。逆に、想像力を使わないこと、単純なことは極力避ける。このくらいすれは、意外といけるんじゃないでしょうか。

 

これらのことについて、科学的に検証したものもあるんで、もし良かったら。

http://www.huffingtonpost.jp/mindful-leadership-institute/google-recruit_b_5307732.html

 

いくら、受験とは言っても、週1以上のペースで更新することが目標ですが、今回はできてないかな・・・。まあ、がんばりますので。

もう眠いので、今日はこのへんで。