for student

学生のみなさまが、いまよりちょっと楽しく賢くすごせるように

抽象美と日本

昨日の話に続くが、先日の

「ドキッ!」

は、後ろ姿によるものだ。後ろ姿が美しかったが、そのコンマ数秒で我に返った私は、その人は普通の人だと気がついた。

ある一定の角度からのみ美しく見える人がいる。これは日本人特有のものだと思う。

日本人はとても抽象的だ。

日本語は、言葉の順序など関係なく、アクセントもなく非常にわかりにくい言語だ。古くから抽象美に見せられてきた日本人は、全てのものを抽象的に見ることにこだわりを持ってきた。あの、富士山(三保の松原ですかね、やっぱり)の絵や、浮世絵、能・・・何も具体的なものはない。あまり意識していないかもしれないが、日本にはその考えが染み付いているように思える。

普通、人は後ろ姿だけで、美人であるか否かを想像したりはしないのであろうが、日本人はそうではない。なんかそんな絵があったような気がするが、日本史が苦手な私にこれ以上聞かないでほしい。後ろ姿から顔を想像するのだ。いかにも抽象物から想像を膨らましてきた日本人らしい行動だ。

しかしながら、その想像は正しいとは限らない(私も先日そうであったが、大体は外れている)。もしかしたら日本人の弱さはここかもしれない。

人は後ろなんて気にしない方がいい。一回失敗したからって、振り返らずに前を向けばいいのに。なのに日本人は、後ろかの想像があることにより、その失敗を恐れたり、引きずったりすることがとても多い。

そろそろ日本人も、抽象の束縛から逃れたい今日このごろであるが、わたしもそうであるよう、なかなか簡単なことではない。

では、私は後ろ姿イケメンにでもなりますかね。